第十七篇 新しき旗
著者:shauna
近くの病院にシルフィリアを運び込み、急いで緊急治癒が行われた。
ジルがフロート公国第三騎士隊長の名目で病院の施設を一式全部貸し切ってくれたおかげで施設としては一流のモノを揃えることができた。
主治癒術師としてサーラ、助術師としてシンクラヴィアがそれぞれ治癒術室に入って準備を整える。
そして、すべての機器、計器を使っての8時間に及ぶ治癒術が行われた。
「サーラ。シルフィリアは?」
終わって術室から出るサーラにファルカスが問いかける。
「なんとかなった。シンクラヴィアさんの腕がよかったのもそうだけど、一番は彼女の自己治癒力。常人の域をはるかに超えてる。ともかく・・・これで・・・」
そう言った瞬間・・・サーラがフラフラと倒れる。
「お!!おい!!!」
その体をファルカスが支えた。
「大丈夫。」
後から術室から出てきたシンクラヴィアが言う。
「魔法力の使い過ぎで倒れただけだから。ただ強制的な睡眠に落ちただけ。」
確かに腕の中のサーラを見ると・・・
くぅ〜くぅ〜と規則正しい寝息を立てていた。
「・・・お疲れ・・・サーラ。」
ファルカスは支えていたサーラをゆっくりとお姫様抱っこして、シンクラヴィアに「ありがとう」と言い、静かにその場を後にした。
「シンクラヴィア・・・。」
タイミングを見計らったように柱の陰からスッと姿を現したルシファードが問いかける。
「ルシファードさん・・・あなたも少し休んだら。慣れない警護任務で疲れてるでしょう。」
普段ならやらない市民の護衛任務とアリエスの護衛でだいぶ疲れているであろうルシファードを気遣っての言葉。
しかし、その言葉にルシファードはフッと笑い、腕を組みながらシンクラヴィアを見つめる。
「俺のことよりも、自分のことだろ。」
「?」
「8時間の治癒魔法の行使。半端な魔術師ならぶっ倒れてもおかしくねぇってのに・・・」
「・・・」
黙ったまま話を逸らそうとするシンクラヴィアだが、足もとのわずかな震えをルシファード見逃すはずもない。
最も、それは訓練された自分のような人間でなければ、気がつかないほど微弱なものではあるけど・・・
「大丈夫か?」
「私は何もしてないから・・・それよりもあの子・・・凄い。きっとすごい治癒術師になるよ。」
「フン・・・怪我などしないから俺には関係ないな・・・」
「そんなことより・・・お父様への連絡は?」
「さっき鷹便を飛ばした。明日には返事が来るだろう。」
「・・・ルシファード。お願い。」
「なんだ?」
「私を・・・聖蒼貴族本部に連れてって。」
その言葉にルシファードが暫しためらう。
「シード宮殿にか?何故だ?」
「お父様と・・・パパと直接話してくる。」
「というと?」
「今回の件。たぶん細かいところまでは手紙じゃ伝わらないから・・・私が直接行ってパパと話してくる。それで判断を仰ぐ。」
「・・・それは・・・聖蒼貴族元締クリスティアン・ローゼンクロイツの娘としての・・・次期元締候補の一人としての命令か?」
「・・・そう。」
「なら・・・俺は従った方がよさそうだな。」
ルシファードはゆっくりと腰を折り、丁寧な風格でお辞儀をした。
「仰せのままに・・・」
少し仮眠をとったモノの、眠気は一向に覚める様子もなかった。
仕方が無いので、眠気で堕ちそうになる目を何度もこすり、飲めないブラックコーヒーを何杯も飲んで意識を繋ぎ止めながら、サーラは必死にシルフィリアの手を握る。
しっとりと冷たいその手には生気が感じられない。
やれることはすべてやった。
数多ある治癒術の中から最善の治癒魔術を選び、それを最も美しく練り上げた魔法力を使って行使した。
そして、なんとか命の危機だけは脱した。
あとは祈ることしかできない。
なにしろ今混乱しきっているこの現状を整理できるのも、打破できるのも、彼女しかいないのだから。
フッとサーラの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
意識を失ってる患者(クランケ)を前にしてこんなことを考えてるなんて魔法医失格もいいところだ。
意識がなく、後遺症が残るかもしれない患者に全てを任せるしかない状況。
本当に笑ってしまう。
だけど・・・今はそうするしかないのだ・・・そうするしか・・・
「・・・僕のセイです・・・」
聞いたことも無いほど細く弱々しい声が聞こえてきた。
サーラが振り返ると、そこには部屋の隅で膝を抱えて蹲るロビンがいた。
シュピアにだまされたことを知ってから言葉を一言も話さずにずっと塞ぎこんでいたが、今、それはさらに重度になり、もう精神疾患でも抱えてるんじゃないかってぐらい落ち込んでいる。
無理も無い。
何しろ、一番信頼していた人間に裏切られたのだ。
自分でいえば、ファルカスに・・・シルフィリアで言えば、アリエスに・・・
それなのに立ち直れというのもまた酷な話だ。
でも・・・現状では立ち直ってもらわなければならない。
シルフィリアが倒れている今、一番魔法に関する知識があるのは他でもないロビンだ。
「ロビン君・・・」
サーラはできるだけそっと声をかける。
「今回のことなんだけど・・・」
「間違いなくお前の落ち度だな。」
せっかくのサーラの気持ちを無碍にするようなきつい言葉。
それを吐き出したのは人数分のコーヒーを持って今ドアを開けて入ってきたばかりのファルカスだった。
「シュピアの計画に気が付かず、ひたすらに彼の為に働いてしまった。奴の計画の片棒を担がされてしまった・・・いや、そう言うと語弊があるか・・・正確にいえば、奴の計画に乗せられて、歯車の一部として動かされてしまった。」
「ファル!!!」
慌ててその場を収めようとするサーラだが、それに対し、ロビンは、
「いいんです・・・ファルカスさんの言うとおりですから・・・」
そう言ってさらに落ち込んだように下を向いてしまった。
「ファル!!そう言う言い方は無いんじゃない!?」
怒ったように言うサーラだが、そんな彼女に対してもファルカスの檄が飛ぶ。
「そんな言い方はない?お前も同罪だろ。シュピアの計画に気が付かなかったのも、シルフィリアを捕えることになんの疑問も抱かなかった。」
「そんな・・・」
確かに正論ではある。今、思い返してみると、確かにわずかではあるが、おかしなところはたくさんあった。
些細なことなので気が付かなかった部分もあるし、ファルカスのことが頭に来ていて気が付かなかった部分もある。そして、フラント=シュピアという大物すぎる名に踊らされてしまった部分も・・・
でも・・・それでも・・・納得したくはない。
それに・・・
「そんなこと言ったらファルもど・・・」
「ああ!!!俺も同罪だ!!!」
はっきり言い放たれたその一言にサーラは目を丸くした。
「気が付くべきだったんだ。シルフィリアがこの街にいる理由をもっと早くに聞いておくべきだった。あのアリエス=フィンハオランを攫えるとなれば、バックにそれなりの組織がついてることだって想像ができた。そこにサーラとロビンがシルフィリアを狙っていることを踏まえれば、バックが魔道学会だってことだって想像ができたはずなのに・・・あぁ!!クソッ!!!」
壁にガンッと頭突きを構えして悔しそうに顔を伏せるファルカス。
その姿にサーラは何も言うことができなくなってしまった。
「・・・結果、俺達はシルフィリアを追い詰めてしまった。剣聖を救ったことで・・・アリエスを助けたことで安心して・・・シルフィリアをこんな状態になるまで追い込んだ。全部、俺のせいだ。俺がもっと早く気が付いていれば・・・こんなことには・・・」
ドンヨリと鈍色に染まる空気。
もう、どうしていいかわからなかった。
サーラ自身、空気を和ませるジョークぐらいならなんとか思いつかないことも無い。
でも、今この空気でそんな事を言えるほど、サーラは明るくも、空気が読めなくも無い・・・
しばらく3人は黙ってその空気に耐え続けた。
―ガタンッ!!!―
その空気に耐えきれなくなったのか最初に立ち上がったのはロビンだった。
2人がゆっくりとそちらを向くと、ロビンは何かを決心した表情で言い放つ。
「・・・シュピアさんに・・・シュピアさんにこんなことを止めるように言ってきます!!」
その一言にサーラは目を細め、ファルカスはジッとロビンを見つめた。
「今回のことは・・・元はと言えば、僕に責任があります。だから・・・シュピアさんに今回のことに関しての責任と良識の立場から・・・」
「バカかお前・・・」
必死に訴えるロビンをファルカスが貶す。
「そもそも、良識のある人間なら“空の雪”になんて入ってない。自己顕示欲や支配欲が強いからそんな組織に入ったんだ。そして、責任ある人間なら、自分のためにインフィニットオルガンを支配し、シルフィリアだけでなく聖蒼貴族までをも手中に収めようとなんてしないだろ・・・・・・それに・・・」
一度言葉を止めてからファルカスは何かを考えるように黙り、しばしの躊躇いの後、伝えなければならないと決心した凛の表情で言い放つ。
「お前に利用価値が無くなった今、シュピアにとって一番厄介なのはお前の口から魔道学会に自分のしたことを報告されることだ。つまり、行ったところで、口封じのためにお前は殺される。」
ファルカスが厳しい表情で言い放つも・・・
「・・・ええ・・・わかってます。」
ロビンの表情は依然として変わらない。
「でも、誰かが止めなければならないんです。あの人の暴走を止める責任が僕にはあるんです。・・・そのためなら・・・・・・・・・僕はこの命だって捧げ・・・」
ます。と言おうとした処で、ロビンの言葉が止まった。なぜなら・・・
「そんなのは・・・」
低い女性の声が部屋に響いたからだった。
顔をやや伏せて前髪で目が見えない状態になっているサーラは体を震わせながらそれまで聞いたことがない程、低い声で言う。
「そんなのは・・・責任とは言わない!!」
大声が部屋に響き渡る。
「ロビン君!!責任っていうのはね。生きて汚名を雪(そそ)ぐことなの。死を持って償える罪なんて・・・本来どこにもない!!!ロビン君の言ってるそれは、責任の取り方なんかじゃない!!!ただ生きるのが辛いからって・・・そこから逃げてるだけだよ!!!」
必死になって訴えるサーラにロビンはしばし圧倒されていたが、やがて再び顔を伏せる。
「でも・・・僕には・・・そうして罪を償うしか・・・」
「ロビン君!!!」
部屋を出ようとするロビンの手首を握りしめて、サーラが涙すら浮かべそうな表情でハッキリと言い切る。
「生きる事から逃げないで。一度逃げたらそれが習慣になるから、それに、全てが失われようとも、まだ未来が残ってるから・・・私たちの人生は、私たちが費やした努力だけの価値があるんだから!!確かにあなたは騙されたかもしれない。でも、あなたが死んだからって世界は何も変わらない。そして、誰もあなたが死んで責任を取ってくれることなんて望んでない!!!」
その一言がロビンのトリガーになった。
一気に目に涙を溜めて、その後は総崩れ。
嗚咽交じりで泣き出すロビン。
サーラは優しくそれを見届ける。
医者として、目の前で人を死にに行かせるわけにはいかない。
今すべきことを考える。今一番重要なのはそれだ。
それでも・・・
「よかった・・・」
サーラの口からは安堵のため息が漏れる。
しかし、安心したのも束の間・・・
「だが、現状が変わったわけじゃない。」
ファルカスの一言が一気に突き刺さった。
そう・・・
現段階では相変わらず、何も変わっていない。
インフィニットオルガン、水の証、聖杯、エクスカリバー。この4つ全てを現状で所持しているのは他ならぬシュピアだ。
サーラはそっとカーテンを開けて夜空を見上げる。
まだ明けぬ空は、また下級魔族たちに覆い尽くされていた。
聖杯にはまだあと一つ願いを叶える力がある。
そして、自身を守る最強の宝具“エクスカリバー”も・・・
状況ついては最悪なのは変わらない。
でもどうにかしなければならないの・・・
でも、いったいどうすれば・・・
頭を抱え込むサーラ。
ダメだ。何も思いつかない。
せめてシルフィリアが無事なら・・・
そう考えた瞬間のことだった。
「う・・・ぁ・・・」
僅かに目を伏せた瞬間、目の前から聞こえたうめき声にサーラがハッと息を飲んだ。
「シルフィリアさん!!シルフィリアさん!!!!」
サーラの問いかけにシルフィリアの口が僅かに動き、何かをつぶやく。
そっと耳を近付けると・・・
「・・・水・・・を・・・」
慌ててミネラルウォーターのビンの口を開け、氷と共に近くにあったコップにぶち込んでシルフィリアをそっと起こしてその口元にゆっくりと運ぶ。
シルフィリアはそれをまるで舐めるように少しずつ飲んだ後、サーラの手によって再び、ベットにその身を横たえた。
そして、大きなため息をつき・・・
「・・・アリエス様はどうなりました。」
口にした最初の一言がそれだった。
それにはかなり呆れてしまった。
「あなたね・・・」
死にかけてる自分を差し置いて、人の心配って・・・
まったく・・・
「あなた本当に幻影の白孔雀?」
本当にこれが血も涙も無い殺戮の申し子、幻影の白孔雀なのか・・・だとすれば噂とは大分掛け離れた存在だ。
その疑問に対し、シルフィリアは
「私には・・・彼しか・・・」
そう短く答えた。
ともあれ、これで少しは安心した。
山積みだった問題が一つ解決したことにサーラが胸を撫で下ろす。
そして、
「起きて早々で悪いけど・・・シルフィリアさん・・・いくつか聞きたいことがあるの。」
一気に顔を真面目にしてサーラが問いかける。
それにシルフィリアも静かに頷いた。
そして、サーラの意思を継ぐようにファルカスが言葉を紡ぐ。
「まずは“聖杯”についてだ。あれはどういうモノだ。魔法の原理から考えて、何でも願いを叶える宝具なんて存在するはずがない。」
「・・・ええ・・・その通りです。」
シルフィリアが消え入りそうな口調で答える。
無理も無い。先ほどまで生死の境を彷徨っていたのだ。
本来なら絶対安静が必須条件。それでもシルフィリアは必死になって言葉を紡ぐ。
「聖杯とは・・・触媒です。」
ファルカスが片眉をあげる。
「触媒・・・だと?」
「聖杯とは・・・一言で言ってしまえば、油です。」
「油?」
シルフィリアが頷く。
「魔法を火と例えるのなら、聖杯は油。注げばその分だけ、火力が上がる。しかし、その増加量は油などとは比べ物になりません。聖杯は入れた魔法力を数億倍にして吐き出すことのできる魔法の杯。そして、持つだけで理力も爆発的に上げることのできる杯なんです。」
「理力ってのはなんだ?」
「古い言葉で魔力を現す言葉です。」
「ってことは・・・聖杯ってのは持ち主の魔法力と魔力を爆発的に上昇させることで願いを叶える杯って考えていいのか?」
「それに加えて魔法力を入れられるのは3回だけという条件が付きますが・・・」
「・・・わかった。でも、今の話からすると・・・」
「ええ・・・それが唯一の救いです。聖杯は確かに完全にして究極の宝具です。しかし、実際の魔術で出来ない事はできない。」
その言葉にサーラが首を傾げる。
「実際の魔術で出来ないこと?」
「そう・・・つまり、人を生き返らせたり、その反対に無条件で殺したり、人の心を操ったりなどということはできません。」
「そっか・・・そうなんだ・・・」
サーラの顔が一気に暗くなる。
「ん?どうしたんだサーラ。」
心配そうにファルカスが声を掛けると・・・
「今はそっとしておいてあげてください。」
とシルフィリアがその気持ちを察したように呟いた。
「他にご質問は?」
シルフィリアの言葉にロビンが手を挙げる。
「魔術が使えないにしろ、剣術なんかでシュピアを超えることはできないんですか?」
その質問にシルフィリアが首を横に振った。
「正直、無謀の一言に尽きるでしょう。魔力の低下で私自身の身体能力をほとんど上げられないのもそうですが、相手には“エクスカリバー”がありますから。」
「そう、それです。それも教えてください。“エクスカリバー”って何なんですか?」
「・・エクスカリバーというのは・・・かつて世界最強の騎士と言われた大帝国の王。“アーサー・ペンドラゴン”の使っていた剣です。」
「アーサー・ペンドラゴン?」
「世界を救うために自らの身を捧げて王となり、国家の従僕となって戦った一人の男。その彼が一度折れてしまった自らの剣を、泉の精霊に返却した際に、新たな剣として与えられた聖剣だと言われています。そして、その力は・・・たったひと振りで一つの街を焼き払ったとも・・・」
「そんな・・・それじゃ・・・」
取り乱すロビンをシルフィリアが諌める。
「落ち着いてください。少なくとも彼はそこまであの剣を使いこなせてはいません。あれを使いこなせるのはアーサー王ただ一人ですし、もし、完璧に使いこなせていたのなら、私は今頃影も形も無く消し飛んでいます。」
「な・・・なるほど・・・」
「しかし、状況はよくありません。あの剣には使用者の基本運動能力を極限まで高める作用がありますから。持っただけで、誰もが最強の剣士になれる剣。それが相手の手にある現状が変わったわけではありません。」
「・・・そう・・・ですよね・・・」
希望が潰えたような表情のロビン。それにつられる様にファルカスの顔も自然と苦くなる。
「他に質問は?」
もはや、誰も手を挙げるものなどいないだろう。
シルフィリアはそう考えて静かに目を閉じ・・・
「ハイッ!!!」
ようとした時に聞こえたハツラツとした声にシルフィリアも驚いて目を丸くする。
手を挙げたのはサーラだった。自分の予想通りのことをサーラが願っていたとするなら、先程の状況でかなり落ち込んでもおかしくないはずなのに何時にも増して真剣な表情で、シルフィリアの瞳をまっすぐ見据えて右手を挙げている。
「シルフィリアさん・・・・」
その様子に反して声は酷く落ち着いていた。
「なんですか?」
「正直に答えてね。」
シルフィリアが頷く。
「現段階で・・・あなたがシュピアに勝てる手段はある?」
その言葉にロビンもファルカスも一斉にシルフィリアの方を向く。
全員の注目が集まる中で、シルフィリアの出した結論は・・・
「100%でなくても良いのなら・・・」
「教えて!!!どうするの!!!?」
サーラの問いかけにシルフィリアが静かにポケットを探す。
そして、取り出したのは一つのカプセル薬だった。
半分が白で半分が青のどこにでもあるようなカプセル錠剤。
「何だそれ?」
サーラの後ろからファルカスの声が響いた。
「魔法力増強剤。試作段階で試したことはまだありませんし、どんな副作用があるのかもわかりません。まず、成功するかどうかも・・・」
「それを・・・どうするつもりだ。」
「私が飲みます。さすれば一度だけ、シュピアに封じられていない古代魔法を使うことができるはずです。ただ・・・」
「ただ?」
「サーラ様。アリエス様の病室には誰か居ますか?」
「え?」
しばし顎に手を添えて考えてみるが・・・
「ううん。さっき言った時には誰もいなかった。ただ・・・」
「・・・」
「猫が一匹・・・」
「やはりそうですか・・・」
納得したようにシルフィリアがため息をつく。
「どういうこと?」
「セイミーです。」
「セイミーって・・・確か、あの猫耳のメイドさん?」
「猫の姿に戻っているということは、現状で人の姿を維持できないということです。」
「どういうこと?」
「セイミーはその能力の高さ故に、使い魔として莫大な魔力を供給しなければなりません。彼女自身は猫の姿より勝手の良い人間の姿を好みますので、大抵の時は人で居ます。しかし、彼女は今、猫の姿。つまり、彼女を維持できないということは・・・」
「・・・シルフィリアさんの力がかなり落ちている。」
「それだけではありません。セイミーが居ないということは、それだけで私の戦闘能力が落ちることに直結します。私の意思を言葉を介さずに伝えることが出来、受け取ることができる以心伝心の力を持つ彼女がいないとなれば・・・・・・それだけで策を練る上では大きな損失です。それに・・・」
「それに?」
「・・・・・・仮に薬が効かなかった場合、策はその時点で失敗。仮に効いたとしても、その後、私は呪文詠唱の準備の為に、暫くは戦闘ができません。つまり、この作戦の成功は薬が効き、尚且つ、私が呪文を詠唱させるまで誰も私に近づかないこと。この2点に全てが掛かっています。どちらか片方でも失敗すれば、私だけでなくおそらくあなた達の命も・・・いいえ・・・世界そのものが狂ってしまう可能性があります・・・それでも・・・やりますか?」
世界・・・その言葉に3人はものすごい重圧につぶされそうになる。
それに追い打ちを掛けるように、シルフィリアはさらに言葉をつないだ。
「相手は魔道学会。世界的な国際組織です。仮にそれをシュピアが統べることになったとすれば、私たちはおそらくこの騒ぎの責任を問われることになるでしょう。殺されてしまえば死人に口無し。魔道学会によってインフィニットオルガンを使い世界を混沌に陥れようとした首謀者“幻影の白孔雀”とその仲間たちということで、明後日の新聞の一面を飾ることになります。
勝ったところで、得るものは何もなし。負ければ歴史上に残る世界最高の犯罪者。おまけに“空の雪”が強力なスペリオルを所有し、魔道士を束ねるための理由付けにすらされてしまいます。これは脅しではありません。」
その言葉に固まる3人。さらにシルフィリアは一転、優しい表情をして・・・
「・・・私の作戦から降りたところで、私は別にあなた方のことを責めるつもりはありません。むしろ、ここまで付き合わせていただいたことにお礼を申し上げ、巻き込んでしまったことを謝ります。ありがとうございます。そしてすみません。もし、ここで降りるのなれば、私は聖蒼貴族の名の下にあなた達を絶対安全な場所までお連れします。私の助けを・・・私の手を取ることはなんら恥ずかしいことではありません。むしろ、取って当たり前の手です。これは私の捲いた種。刈り取りを手伝う必要なんてどこにもありません。あなた達には幸せに生きる権利があります。そして、私も願います。手を・・・取っていただけませんか?」
本当にこの人は魔女か・・・
そんな考えがサーラだけでなくロビンとファルカスの脳をも貫いた。
魅力的すぎる言葉。片や得るもの何も無しの命がけの作戦に参加。片や、安穏とした生活。選ぶまでも無く、どちらがいいかなんて決まっている。
そう・・・選ぶまでも無い。
だから、3人はほとんど悩まずに、また、答えを言うのはほどんど同時だった。
「「「断る!!!」」」
信じられないその答えに驚いたのはシルフィリアだった。
「えっと・・・聞き間違いかもしれないので、もう一度お願いします。」
「「「だから、断る!!!」」」
その後、何度か同じ問い返しをしたが、答えは相変わらずNOのままだった。
「どうしてですか?私なら間違いなく逃げますよ。」
呆れ交じりにシルフィリアがそう呟く。
それに対して、
「何言ってるの?」
反論したのはサーラだった。
「世界を見捨てて・・・ううん・・・友達を見捨ててまで得られた幸せに価値なんてない!!!シルフィリアさんが戦うなら私だって戦う。逃げるならあなたも一緒。それでなきゃヤダ!!」
そんな事を言ってる場合じゃ・・・
「シルフィリア・・・」
どうしようもない気持ちにどうしていいのかわからなくて、頭を抱えかけた所を、ファルカスが言う。
「サーラは・・・頑固だぞ。」
その一言にサーラの瞳を見据えると、そこには確固として揺るがない強い意志が垣間見えた。
さらにそれに追い打ちをかけるようにファルカスとロビンが次々に言葉を紡ぐ。
「一人で全部、背負い込むことは無いだろ・・・少しずつ、人の肩を借りても罰は当たらないぞ。」
「それに、責任ということでいえば、始まりは僕ですから。リオンとクロノに騙されてこの街まであなたと追いに来てしまったのは僕です。」
考えてもみなかった温かい言葉の数々・・・
まったく・・・これだから、正義の味方気取りの若者は・・・
頭ではそう思っているものの、自然と口元は綻んでしまう。
「立ち去るのが自由なら、残るのだって自由だよね。」
力強いサーラの言葉。
「さて、シルフィリアさん!!答えを聞かせてもらえる!!」
興奮した様子のサーラに後ろで黙って力強く微笑みながら腕を組むロビンとファルカス。
その様子を見て、シルフィリアが静かに目を閉じた。
「作戦内容を説明します・・・。」
それがシルフィリアの答えだった。
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